折り句というのは、一番初めは五文字からなる単語を五句の和歌の頭に置いて詠んだものを言ったが、その後いろいろなバリエーションが生まれた。
中でも有名なのが、『古今集』巻九や『伊勢物語』第九段にある在原業平の歌
から衣 着つつなれにし つましあれば
はるばる来ぬる たびをしぞ思う
であろう。太字の箇所を拾うと「かきつばた」となる。在原業平が友人と三河の国八橋というところに来たとき、川のほとりにかきつばたがきれいに咲いているのを見て、かきつばたを折り込んで旅の思いを詠むと言って詠んだものである。
これは頭に順に一字ずつ折り込んだ例であるが、頭と末尾に折り込んだものもある。
源俊頼が桜咲きほこる時期に藤原公実に宛てて詠んだ歌
はかなしな をののを山田 つくりかね
てをだにもきみ はてはふれずや
はその一例で、太字の箇所を順に拾うと「花を尋ねてみばや」となる。この例では頭と末尾とを分けずに順に折り込んでいるが、まず頭を読み、次いで末尾を読むものや、末尾は逆に拾っていくものもある。
折り句は西洋ではアクロスティックと呼ばれて、紀元前からさかんに作られている。次は『不思議の国のアリス』等の著書で有名なルイス・キャロルが1889年に著した『シルヴィーとブルーノ』の巻頭詩である。
Is all our Life, then, but a dream
Seen faintly in the golden gleam
Athwart Time's dark resistless stream?
Bowed to the earth with bitter woe,
Or laughing at some raree-show,
We flutter idly to and fro.
Man's little Day in haste we spend,
And, from its merry noontide, send
No glance to meet the silent end.
あらゆるわれらの人生は、すると夢にすぎないか
一条の金色(こんじき)の光の中にかすかに見えるのみか
残忍な時の暗流をよぎって
暴虐なる憂いに頭(こうべ)をたれ、あるいは
浮かれ気分で覗き眼鏡に笑いはしゃぎ
漫然とわれらうろつくのみ
慌しく人の短き日を過ごし
いとも陽気な真昼から、われら
ざわめきの絶える終わりを一瞥(いちべつ)もせず
『シルヴィーとブルーノ』の巻頭詩(訳は柳瀬尚紀による)
これはキャロルの幼き友である少女 Isa Bowman (アイザ・ボウマン)の名を各行の頭に折り込んだもので、各連の最初の三文字を寄せてもやはり Isa Bowman となる。翻訳家の柳瀬尚紀は、もとの詩と同じように各行の頭がアイザ・ボウマン/アイザとなるような名訳をしている(訳は筑摩書房刊、ちくま文庫、1987年による)。エラリー・クイーンの初期の探偵小説は、『ローマ帽の秘密』『フランス白粉の秘密』『オランダ靴の秘密』というように、国名シリーズになっているが、中でも傑作の呼び声の高いのが『ギリシア棺の謎』(1932年)である。しかしこの小説にはもう一つ大きな特色がある。それは目次で、各章の表題の頭文字をたどると、第1部は小説名、第2部は著者名になるのである。なお、カッコで示した訳は、井上勇訳(創元推理文庫)によった。
第I部 | 第 II 部 |
Tomb
Hunt
Enigma
Gossip
Remains
Exhumation
Evidence
Killed?
Chronicle
Omen
Foresight
Facts
Inquiries
Note
Maze
Yeast
Stigma
Testament
Expose
Reckoning
Yearbook |
(墓場) (探索) (なぞ)
(雑談) (遺骸) (発掘) (証拠) (殺人)
(物語) (前兆) (予見) (事実) (調査) (書置)
(迷路) (酵素) (汚辱) (遺言) (解明) (報い) (日記) |
Bottom
Yarns
Exhibit
Leftover
Light
Exchange
Requisition
Yield
Quiz
Upshot
Elleryana
Eye-opener
Nucleus |
(どん底) (奇談)
(展示) (残滓) (光明) (交換) (強請) (収穫)
(設問) (空弾) (エラリアナ) (開眼) (核心) |
頭文字を拾うと、 The Greek Coffin Mystery, by Ellery Queen エラリー・クイーン著 「ギリシア棺の謎」となる。 |
|