著者は、よく遊びで次のようなサインをする。
著者のサイン
相手がなんと書いてあるのかわからなくて戸惑う。それは、このサインをスラスラと横に書くので、てっきりこれが横文字だと思うからである。そう思いこんだら最後、このサインは読めない。
このサインを左が上になるよう90度回転して縦にし、紙を透かして裏から見るか、鏡に写して見ると、「高木」のくずし文字であることがわかると思う。
これに似た試みは江戸時代にも行われていて、式亭三馬が文化3年(1806)に著した『小野愚嘘字尽』(おのがばかむら うそじづくし)という滑稽本がある。その中に、「おいらんだ文字」として次のような文字が載っている。
おいらんだ文字
これも一見筆記体のオランダ文字に見えるが、90度回転させれば、仮名文字の続け字であることがわかる。つまり、「しったかよう」「なんざんす」となる。おいらんだ文字というのは、オランダ文字のもじりであるが、おいらんだという以上、花魁のいわゆる「ありんす言葉」になっている。そこがミソであろう。
文字絵というのも、江戸時代には非常に盛んであった。現在では「へへののもへじ」くらいしか知られていないが、江戸時代にはそれを集めた本まで出ている。
次に著者の持っている『おもしろ絵手本』の中からいくつか例を挙げてみた。「ゆうれい」という字で幽霊を表したもの、「年より」と書いて年寄りを表現しているもの、そしておもしろいのは「山辺あかひと(山部赤人)」である。山部赤人は万葉の代表的な歌人であるが、「山辺」という漢字二文字で顔を描き、「あかひと」で身体を描いている。
スコット・キム『転回』の表紙
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なお文字絵が外国にもあることは、ベルギーで1971年に発行された郵便切手の中に、「auto(自動車)」という文字で自動車の絵が描かれているものがあることでも明瞭である。
ところで、アメリカのスコット・キムの著した『転回(Inversions)』という本の表紙には、正方形の四辺にはまったく同じ字が書かれているが、上部のものは「Inversions」と、その題名になっているのに、下部のものは著者名の「Scott Kim」と読める。キムは本来さかさまになるはずのないものをデザイン的な工夫で可能にしている。 |